埼玉県こども動物自然公園

ニホンカモシカの個性

伊藤飼育係

2022年12月25日

今年4月から新しく飼育係になり、シカ・カモシカの谷を担当しています。
以前は野生動物に関わる仕事をしていましたが、それと比べて飼育係の仕事には多くの違いがあります。その一つは、「個性」を実感できることです。野生動物とは一期一会の出会いがありますが、飼育係は同じ動物と長い間ともに過ごすので、動物11頭の「個性」を感じられます。

今回は、私が感じた動物の個性の一例についてお話してみたいと思います。 

当園には現在2頭のニホンカモシカがいます。「ナデシコ(メス、15歳)」はマイペースで人を怖がらないのに対して、その子「メグル(オス、2歳)」は慎重で少し臆病な性格です。その違いが最もよく現れるのは、夕方、彼らを部屋に収容する時です。当園では、夜間はカモシカを個室に入れてから餌を与えているのですが、その時の様子が2頭で大きく違うのです。

ナデシコの写真
マイペースなナデシコ
メグルの写真
慎重なメグル
カモシカ舎の写真
カモシカ舎
部屋の様子
部屋に餌をセットして、あとは入ってもらうだけ・・・

マイペースなナデシコは人を怖がらず、むしろ積極的に近寄ってきてくれます。部屋に収容する時には、餌が待ち遠しくてたまらないといった様子で、出入口の扉を開けると舌をペロペロ出しながら早足で入室します。夢中で餌を食べている間に扉をそっと閉めるだけで、収容作業は一瞬にして完了です。

部屋に入るナデシコ
軽やかな足取りで入るナデシコ
餌を食べるナデシコ
すぐに餌を食べ始めます
座って落ち着いているナデシコ
時にはリラックスした姿を見せてくれることも

一方、メグルは全く異なる個性を見せます。当園で生まれ育ったため飼育係にはそれなりに慣れているのですが、それでも常に3メートル以上の距離をキープし、見知らぬ人に対してはこの距離が数倍に伸びます。そしてなにより、部屋に入ることが大嫌いです(この部屋で生まれ育ったのに)。餌を食べるには部屋へ入らなければならないのですが、「食べたい!でも部屋は嫌い」といった様子で、扉の外から部屋の中をチラチラと覗きながら葛藤しているようです。

中々部屋に入らないメグル
扉を開けても距離を取るメグル
部屋の中を覗き込むメグル
部屋の中をチラッ

そのため私は、メグルを部屋に入れるときにはスパイ映画さながらに物陰に隠れ、息を潜めて根気強く待ちます。そしてメグルが部屋に入った一瞬を狙い、外側から素早く扉に近づいて閉めます。しかしこれがとても難しく、気配を消したつもりでもすぐに気づかれてしまうのです。何度も繰り返すうちにコツを掴んで部屋に入れられるようになってきましたが、そのうちにメグルはこちらの隠れ場所(いくつかあります)を覚えて、わざわざチェックしに来るようになりました。私が壁に身をつけて必死に隠れているのに、「そこにいるんでしょ」とばかりに覗き込まれ、目があった瞬間の情けない気分といったら…。

さらにメグルは、部屋に入って餌を食べ始める…と見せかけてくるっとUターンして出てくるフェイントをかけたり、餌を口にくわえたまま部屋の入口まで引き返し、外を監視しながら食べる(食べきるまでそれを繰り返す)、といった高等テクニックまで身につけ始めたのです。それに対抗して私も様々な作戦を立てて、扉を細いひもで引っ張って閉める技や、離れた部屋でカメラ映像を見てメグルの動きを確認しつつ、スマートフォンで遠隔操作して扉を締めるというメカまで作りました。その次は部屋の中にセンサーを設置し、メグルが入った瞬間に自動的に扉を閉める仕組みを作れば完成だ!と私は意気込んでいました。しかし…。

そもそもカモシカを部屋へ収容する理由は、夜間の安全確保や、万が一の怪我や病気の治療に備えて部屋に慣らしておく必要があるためです。
つまり、言うまでもないことですが、部屋に入ってもらうことそのものが目的ではなく、部屋はカモシカにとって安心して過ごせる場所でなければならないのです。そのことはもちろんわかっていたつもりですが、あまりにも部屋に入ってくれないため少々熱くなってしまったようです。それに気がついてからはあまり考えすぎず、メグルを建物の近くまで誘導する時点で時間を長めに使ってリラックスしてもらったり、部屋に入ろうという気分になってくれるまで他の作業をしながら気長に待ったりするようにしました。このスタンスでいくほうが入ってくれることが増えた気がしますし、部屋に対して嫌な場所というイメージを持たれにくいようです。

今後もメグルにとって部屋が少しでも安心できる場所になるように、試行錯誤を続けたいと思います。

時間が経ってもまだ入らないメグル
暗くなっても部屋にまだ入らないメグル
落ち着いて餌を食べるメグル
一度入ると落ち着いて餌を食べ始めます
走って放飼場に出ていくメグル
朝放飼場に出ていくときはダッシュ!

なお、今回は部屋への収容をテーマにお話したため、飼育係にとってメグルが少々扱いにくいようなイメージを持たれてしまったかもしれませんが、そうではありません。簡単に部屋に入ってくれるナデシコは、人との距離感が近いぶんだけグイグイと近寄ってくることがあり、危険を感じる場合もあります。距離を取ろうとする性格のメグルのほうが作業をしやすい時もあるのです。こうした個性の違いを感じながら、それに合わせた飼育方法を心がけることで、カモシカたちにできるだけストレスを与えずに、より良い展示を目指していきたいと思います。 

今回ご紹介したナデシコとメグルは、カモシカの谷と、カモシカ舎の横にある放飼場でそれぞれ1頭ずつご覧いただくことができます。どちらがどこにいるかは日によって変わります。角を見れば2頭を簡単に見分けることができるのですが(片方の角が短いのがメグルです)、それを知らなくても人に対する反応で見分けられます。人に興味を持って近寄ってきてくれたらナデシコ、遠くからじっとこちらを眺めていたら、おそらくメグルです。

みなさんも来園した際には、ぜひカモシカたちの個性を感じてみてください。

カモシカの放飼場
どこにいるかわかるかな?
カモシカ舎の横の放飼場
カモシカ舎の横の放飼場では近くで見ることができます

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〒355-0065 
東松山市岩殿554

こども動物自然公園管理事務所

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